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トップ >> 切手・封筒・ハガキ >> POST CAR (国内) >> 古賀春江 単純な哀話 POSTCARD

古賀春江 単純な哀話 POSTCARD

古賀春江 単純な哀話 POSTCARD 絵はがき

商品コード:00092600058


1,580円(税込) 送料別

 

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商品情報

古賀春江は大正から昭和初期に活躍した日本の男性洋画家である。日本の初期のシュルレアリスムの代表的な画家として知られる。本名は亀雄(よしお)。後に僧籍に入り「古賀良昌(りょうしょう)」と改名した。「春江」はあくまでも通称である。1895年6月18日、福岡県久留米市の善福寺の住職(古賀正順)の長男として生まれた。善福寺は江戸時代初期からの歴史を持つ浄土宗の寺である。古賀春江は、父・正順が53歳、母・イシが43歳の時の子供でただ一人の男子だった (古賀春江が生まれる前に3人の女の子をもうけたが、2人は早世した)。 松田実(後述)によると、そのために両親や姉の溺愛を受けて育ったという。 また、小さいときから病弱で神経質な子供だったともいう。後に妻になる岡好江が残したメモにも、古賀は生来病弱で、子供のときから外に出ることを嫌い、毎日読書や絵を描いて暮らしたこと、規則に縛られることを嫌い、孤独を愛したことなどが記されている 。1902年(明治35年)4月に久留米日吉尋常小学校に入学、1906年(明治39年)3月小学校を卒業し、4月には久留米高等小学校へ入学、1910年(明治43年)同高等小学校を卒業、同年4月に中学明善校へ入学、 この頃から久留米市の洋画家松田実(諦晶)に絵を習い始めた。1912年(明治45年)、中学3年の時に、両親の反対を押し切って退学、洋画研究のために上京し太平洋画会研究所に通った。 翌1913年(大正2年)には、日本水彩画会研究所へ入って石井柏亭に師事した。この年、当時雑司が谷に住んでいた坂本繁二郎を訪問した。1914年(大正3年)、同居していた友人の藤田謙一が猫いらずで自殺したことに衝撃を受けて精神が不安定になった。このため、心配した父親が古賀を帰郷させた。帰郷中も精神不安定な状態で、家を抜け出し阿蘇山で投身自殺をおこしかけ、地元の人に止められたと言われている。翌1915年(大正4年)1月に長崎に遊んだ後、2月に僧籍に入り、良昌と改名、春江を呼び名とした。3月には再び長崎に戻った。長崎滞在中に、父の従弟の娘と恋愛関係になった。2人は熊本の山鹿温泉に逃避行したが、まだ女学生だったため追いかけられて つかまり、2人は離されてしまった。

スペック

商品名:古賀春江 単純な哀話 POSTCARD 絵はがき
サイズ:ハガキサイズ
仕 様:POST CARD 絵はがき
著 者:古賀春江
会 場:ブリヂストン美術館

注意事項

※新品、未使用

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